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【 連載コラム 】

諸刃の剣

最近、気になることに一つにドローンの用途があります。ドローンは被災者の救助、生活の利便性向上、大自然の観察など、人に翼を付与した技術として様々分野への応用が期待されています。ところが、戦場での安価な新兵器として使われるようになりました。少なくとも局地的な紛争は当面激化するのではないでしょうか。今回は、放射線の発見に関連した文明の利器の功罪を振り返ってみます。

2019-10-09 15:24

最近、気になることに一つにドローンの用途があります。ドローンは被災者の救助、生活の利便性向上、大自然の観察など、人に翼を付与した技術として様々分野への応用が期待されています。ところが、戦場での安価な新兵器として使われるようになりました。少なくとも局地的な紛争は当面激化するのではないでしょうか。今回は、放射線の発見に関連した文明の利器の功罪を振り返ってみます。

(1)ノーベル賞の原点

スウェーデンの化学者であり、発明家であり、実業家でもあるノーベルは、ニトログリセリンを原料としたダイナマイトを発明しました。ダイナマイトはそれまで知られていた黒色火薬よりも強力な爆薬であり、当初は土木工事などに平和的に使われていましたが、やがて武器として戦争で使われるようになりました。ノーベルは50ヵ国でダイナマイトの特許を取得していたので、巨万の富を築きました。一方、ダイナマイトを使った戦闘ではこれまでになく多くの犠牲者を出していました。ノーベルは、晩年ひょんなことから社会における自らの評判が著しく悪いことを知らされました。そして、自身が蓄積した財産を「人類にために最大に貢献した人々」に分配するように遺言を残しました。この遺言に基づいてノーベルの死後5年目にノーベル財団が設立され、第1回ノーベル物理学賞はレントゲンが受賞しました。その後、ベクレル、キュリー夫妻(マリー・キュリーは2回)、J.J.トムスン、ラザフォード、ラウエ、ソディ、ボーア、チャドウィックらが次々と受賞しています。彼らの成果がもたらした様々な分野の発展を考えると、何か因縁のようなものを感じます。

(2)放射線発見のとんでもない副産物

1930年代には原子の構造が次第に明らかになってきましたが、まだまだわからないことだらけです。科学者たちは放射線を原子核に当てて原子核の変換を調べ始めました。やがて放射線の中でも、電荷のない中性子が原子核に吸収されやすいことに気が付きました。ウランの同位元素であるウラン235に中性子を当てると、ウランの原子核が分裂してバリウム140、ストロンチウム90などの元素と複数の中性子(平均2.5個)が生成することがわかりました。これを核分裂反応と言います。核分裂反応は、ウランがアルファ線やベータ線を放出して少しづつ小さな元素に変換する「崩壊」とは異なります。核分裂反応は1個の中性子で起こり、複数の中性子を放出するので、同様の核分裂反応がネズミ算式に誘発されます。即ち、核分裂反応は連鎖的に進み、アインシュタインの質量とエネルギーの等価性(E=mc2)の理論から、膨大なエネルギーが放出されると予測されました。但し、ウラン235は自然界に存在する全ウラン同位元素の0.7%程度であり、他の大部分はウラン238(99.3%)です。ウラン238は中性子を当てても核分裂反応を起こしません。核分裂の連鎖反応を進めるにはウラン235の割合をある程度以上に高めることが必要です。つまり濃縮ウランです。この連鎖反応が無制御の状態で進むと原子爆弾です。ウラン235の1gから放出されるエネルギーはダイナマイト1億本分に相当すると言われています。一方、ウラン238にエネルギーの高い中性子を当てるとウラン239になります。ウラン239はベータ線を2回放出して、ほぼ10日で95%以上がプルトニウム239に変換します。プルトニウム239はウラン235と同様に核分裂反応を起こします。

ところで、濃縮ウランに炭素を混ぜておくと、核分裂反応によって放出された中性子を炭素が吸収してウランに届く中性子の数が減ります。これによって核分裂の連鎖を制御できます。これは原子力発電に繋がります。ウラン235の1gから得られる電力は、発電効率を同じとした場合、火力発電に使われる石油約2t分に相当します。

(3)人は原子力を扱いきれるか

ウランの核分裂反応が確認されたのは第二次世界大戦中のことでもあり、不幸にも兵器としての開発が先に進み、日本はその犠牲になりました。因みに広島に投下された原子爆弾にはウラン235が、長崎に投下された原子爆弾にはプルトニウム239が使われました。その数年後、ようやく原子力の平和利用としての原子力発電が稼働を始めました。

原子力発電は、石炭や石油を原料とする火力発電と比べると、有害な廃棄物を放出しないので環境汚染が少ない、二酸化炭素を放出しないので地球の温暖化を起こさない、更にエネルギーの変換効率が高いという点で優れています。しかし、放射性廃棄物が蓄積するという点では課題が残ります。また、過去には人のミスによる大きな事故がありました。1979年の米国スリーマイル島では、機械の故障と設計ミスに、水位計の数値の読み間違いなどの人為的ミスが重なり、冷却装置を停止させたことが致命傷となって炉心溶融に至りました。1986年の旧ソビエト連邦チェルノブイリでは、原子炉の設計、運転手順書、安全規制などの不備により、核分裂反応が制御不能になり核燃料が飛散する爆発を引き起こしました。そして2011年の東日本大震災が引き金となった福島第一原発の事故です。この事故は、備えの怠慢と被災時の判断ミスが事態を深刻にしており、筆者は人災と考えます。

原子力発電を安全に運用するには、科学技術の問題だけではなく、人が管理する以上は逃れようのないヒューマンエラーの克服が必須です。一方、放射線そのものは、医療、農業、工業など様々な分野で平和裏に利用されています。