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【 連載コラム 】

膨大な研究の積み重ねから生まれた果実(1)

「科学」と「技術」は、よく「車の両輪」と言われます。

2020-05-11 11:40

 「科学」と「技術」は、よく「車の両輪」と言われます。両者の境界は時折あいまいになりますが、各々の語源によると、「科学」は主に自然界を対象とした知的探求、「技術」は「科学」の成果を応用して世の中に役立つ道具や方法の創造、と表現できます。放射線も、この「車の両輪」によって私たちに様々な恩恵をもたらしています。さて、具体的にはどのような恩恵でしょうか。

 放射線の主な特徴は、エネルギーが高く、検出感度が高く、またX線やγ線に限っては物質を透過しやすいことです。今回は、放射線の高い感度を生かし、医療分野において診断に利用されている例を紹介します。

1.X線検査

 X線管から飛び出たX線は、物質を通過する際に物質を構成している原子の核外電子に衝突して自身のエネルギーを失います。これによって、物質を透過するX線の量が減ります。この現象は物質の密度が高いほど、また原子番号が大きいほど(核外電子が多くなるので)顕著になり、物質の後方に置いたフィルムを現像すると白く映ります。例えば、骨を構成するカルシウムやリンは、炭素や水素や酸素を多く含む他の組織よりもX線の透過量を減らし、骨は白く写ります。また、がん細胞は活発に増殖するため、その周辺には必要な栄養を供給する血管が正常な細胞周辺よりも密集しています。その結果、赤血球の量、即ちヘモグロビンの鉄の量が多く、がん細胞周辺はX線の透過量が減って白く写ります。肺炎を発症して肺胞内に膿がたまったり、肺胞と肺胞の間の間質組織が硬化すると、正常組織よりもX線の透過量が減り、うっすらと白くなります。最近はフィルムの代わりにX線検出器を使って電子化された画像が得られます。

・単純X線検査

 胸のレントゲン検査に代表されるX線検査です。他に、骨、歯、乳房(マンモグラフィー)、腹部などが検査対象になります。

・バリウム検査

 消化管のX線検査です。バリウムは鉄やカルシウムよりも原子番号が大きいので、X線の透過を著しく妨げます。消化管はX線が透過しやすく、はっきりした画像が得られない臓器ですが、バリウム剤を飲み下すと、通過する消化管の形状や、消化管の表面へのバリウム剤の付着の様子が観察でき、診断材料が得られます。バリウム剤は造影剤と呼ばれます。バリウム検査では、造影剤が食道を通過するときから検査終了までX線を浴び続けます。

・CT検査

 CTはcomputed tomographyの略で、コンピュータ連動断層撮影を意味します。この装置は巨大なドーナッツ型で、ドーナッツ内部にX線管と検出器が対峙して設置されています。ドーナッツの穴の中に被験者が横たわり、ドーナッツは回転しながら平行移動して画像を撮影します。全身が検査対象になります。血管を対象とした検査では一般にヨウ素が造影剤として使われます。

2.PET検査

 PETはpositron emission tomographyの略で、陽電子を放出する放射性同位元素を使います。放出された陽電子はすぐ近くの電子と結合して消滅し、2本の高エネルギーの電磁波(消滅放射線と呼ばれます)を正反対の方向に放出します。装置はCTと同様に巨大なドーナッツ型で、多数の放射線検出器が対峙して設置されており、被験者から出てきた消滅放射線を対峙した2つの検出器が同時に検出します。化合物としては、陽電子を放出するフッ素18で水素を置き換えたデオキシグルコースがよく用いられます。分子内に放射性同位元素を導入することを「標識する」と言います。デオキシグルコースは通常のグルコースと同様に各細胞に取り込まれますが、分解されずに残ります。がん細胞は正常細胞よりも多くの栄養を必要とするので、デオキシグルコースの蓄積量が多く、正常細胞と区別できます。全身が検査対象であり、がんの早期発見や認知症の診断にも使われます。

3.シンチグラフィ検査

  シンチグラフィ(scintigraphyは、主にγ線を放出する放射性同位元素(ラジオアイソトープ)で標識された薬剤を体内に投与し、異常に薬剤が集まっている部位を検出します。装置はCTやPETと同様に巨大なドーナッツ型です。PET検査と違い、放射性同位元素から放出される1本の放射線を検出するので、シンチグラフィによる断層撮影をSPECTsingle photon emission computed tomography単一光子放射型コンピュータ連動断層撮影)と呼びます。どの臓器のどの様な機能を診断の対象とするかによって薬剤の種類が決まります。例えば、 99mTc-HMDP(ヒドロキシメチレンジホスホン酸テクネチウム)や99mTc-MDP(メチレンジホスホン酸テクネチウム)は骨代謝が盛んな部位に集まる性質を持っているので、がんの骨転移の診断に用いられます。99mTcは、質量数99でγ線を放出する準安定状態、即ち”metastable”のテクネチウムを表しています。

4.ラジオイムノアッセイ検査

 体内に極めて微量に存在する物質の量を測定する検査です。被験者から採取した血液、尿或いは唾液などに含まれる検査対象の物質、例えばホルモンや病原体などを電気泳動法やクロマトグラフィーなどで分離します。一方、これらに特異的に結合する化合物、例えば抗体を放射性同位元素で標識しておきます。そして分離した目的物と混合し、結合した放射能を計測することによって、その物質の体内濃度を測定できます。この方法は、被験者から採取した試料に放射性物質を使用しますので、被験者は被ばくしません。放射性同位元素には、エネルギーの弱いγ線を放出するヨウ素125が良く使われます。

 レントゲンがX線を発見した当初は、放射線の影響についての情報がなく、X線を浴びた多くの人々が皮膚炎や潰瘍を発症したそうです。しかし、今日ではX線の性質を十分に把握し、巧みに利用して味方につけたと言えます。