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【 連載コラム 】

敵を知り己を知れば・・・・・(1)

私たちは日常生活の中で自然界に由来する放射線を常に浴びていますが、多くの場合、健康被害はありません。それは放射線による作用が消去されるからと考えられます。では、放射線が私たちの体に入るとどのような現象が引き起こされるのでしょうか。

2019-11-26 15:05

会員限定コラム

 私たちは日常生活の中で自然界に由来する放射線を常に浴びていますが、多くの場合、健康被害はありません。それは放射線による作用が消去されるからと考えられます。では、放射線が私たちの体に入るとどのような現象が引き起こされるのでしょうか。

1. 放射線の作用

 放射線は物質を構成する分子や原子の電子を弾き飛ばしてイオンを生成することができるので、電離放射線(ionizing radiation)とも呼ばれます。弾き飛ばした電子が原子間の結合に関与していれば、その結合を切断して分子が破壊されます。イオンや結合を切断された化学種は、周囲に化学的な影響を与えやすいので活性種と呼ばれます。私たちの体の60%は水です。従って、放射線は、生体組織のタンパク質や細胞内の遺伝子よりも、その周りの水分子に衝突する確率が高くなります。そして水分子から生成した活性種が、遺伝子やタンパク質分子などと反応して生体に影響を及ぼすことになります。
 生体では代謝によって常に生体物質や細胞が入れ替わっています。これは修復機能と言えます。例えば、遺伝子は2本鎖のDNAからできていますので、多少の傷は複製の際に修復されます。タンパク質は必要に応じて細胞内で分解され再生されます。機能を失った細胞は免疫系の貪食細胞で消化されます。一方、活性種は寿命が短いので、生体の修復機能を凌駕して影響を顕在化するには、ある程度の濃度で存在する必要があります。
 放射線が活性種を生成しながら、すべてのエネルギー失って止まるまでの距離を飛程と言います。放射線が物質の電子と衝突しやすいほど飛程は短くなり、飛程が短いほど活性種の濃度は高くなります。従って、飛程の短い放射線ほど生体に与える影響は大きいと言えます。今回は、主な放射線の素性とそれらの飛程を紹介します。

2. 放射線の種類

2-1. アルファ(α)線

 実体は陽子2個、中性子2個から構成されたヘリウムの原子核であり、α粒子とも呼ばれ、原子番号の大きな放射性の原子核から放出されます。α粒子のサイズは大きいので、電子と衝突しやすく、短い距離の間に全エネルギーを失います。キュリー夫妻が分離したラジウム226から放出されるα線のエネルギーは、約4.8MeV(4.8×106eV)で、水中の飛程は0.03mm、空気中では約3cmです。

2-2. ベータ(β)(−)線(陰電子線とも言います)

 実体は原子核の中性子が陽子と電子に崩壊して飛び出した電子で、単にβ線とも呼ばれます。またβ粒子とも呼ばれます。原子核の近くを通ると静電的に引き寄せられて進路が曲がります。粒子のサイズが小さいので電子との衝突確率はα粒子より低くなります。β粒子は連続エネルギーを持ち、通常は最大エネルギーが表示されます。イットリウム90から放出されるβ粒子の最大エネルギーは2.25MeVで、水中の最大飛程は約1cm、空気中では約10mです。エネルギーはラジウム226のα粒子の半分以下ですが、飛程はずいぶん長くなります。

2-3. β(+)線(陽電子線とも言います)

 実体は原子核の陽子が中性子と電子に崩壊して飛び出した陽電子です。正の電荷を持っているので電子の反物質です。飛程はβ(−)線とほぼ同じですが、エネルギーを失ってくると、周囲の電子と結合して共に消滅し、0.51 MeVのエネルギーの電磁波2本を全く逆方向に放出します。

2-4. ガンマ(γ)線

 原子核から出る電磁波です。α崩壊やβ崩壊を起した原子核はエネルギー的に不安定になり、やがて安定な状態に落ち着きます。このエネルギー差がγ線として放出されます。電磁波は光子とも呼ばれ、粒子の性質も持っています。光子は電子に衝突するとほぼすべてのエネルギーを失います。α粒子やβ粒子は一度の衝突でエネルギーの一部を失い、何度か衝突を繰り返してすべてのエネルギーを失うのと比べると様子が異なります。そこで、γ線の場合は「飛程」ではなく、光子の数、即ち強度が半分になるのに必要な物質の厚み、「半値幅」で表します。

 医療用のコバルト60から放出されるγ線(1.25MeV)に対する水の半値幅は11cm、アルミニウムは4.6cm、鉛は1.1cmです。エネルギーはラジウム226のα粒子の約1/4、イットリウム90の約1/2です。半値幅と飛程とは比較できませんが、感覚的にはかなり遠くまで飛びます。

2-5. X線

 X線も電磁波です。その発生には原子核の周りに出没する電子(核外電子と呼ばれます。)が関与します。X線発生装置では、高速に加速された電子をタングステンや銅などの原子に衝突させ、エネルギー準位の低い核外電子を弾き飛ばし、空席を作ります。そこへ同じ原子のエネルギー準位の高い核外電子が落ち込み、そのエネルギーの差がX線として放出されます。X線は化合物から電子をたたき出す、即ちイオン化できるほどの高いエネルギーを持っているので電離放射線として扱われます。胸部X線撮影などの診断に用いられるX線のエネルギーは50keV前後です。

 殺菌用紫外線ランプに使われている波長254nmの紫外線のエネルギーは5eVですので、放射線のエネルギーはずいぶんと高いことがわかります。

 ところで、小惑星調査機「はやぶさ2」は、「リュウグウ」の周回軌道を外れて地球への帰途につきました。宇宙空間には、太陽活動や超新星爆発、或いはブラックホールに由来すると考えられている様々な放射線が存在します。その中には上述の放射線も含まれます。宇宙空間には放射線が衝突する物質はないに等しいので、α線のような重い粒子もどこまでも飛んでいきます。打ち上げられてから5年。地球に帰還するまで更に1年。長い間、放射線に曝されながらも貴重な試料を持ち帰るので、そこから得られる成果に期待したいですね。