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【 連載コラム 】

修学なくして技術なく、技術なくして修学なし。

2020年12月6日、はやぶさ2のカプセルがオーストラリアの砂漠に帰還しました。

2021-01-05 16:47

 
 2020年12月6日、はやぶさ2のカプセルがオーストラリアの砂漠に帰還しました。探査機本体からカプセルが切り離されたのは地球から22万キロメートル、地球の直径の約20倍も離れた宇宙空間です。そこからは人為的な制御もなしに、緻密に計算された軌道に乗って目的地に到達しました。リュウグウ表面の岩石採取作業とともに驚嘆に値する技術です。カプセルに入っていたリュウグウの岩石はかなりの量です。これらはNASAを含めた国内外の複数の研究機関で分析されるそうです。どのような事実が判明するのか楽しみですね。
 さて、放射性同位元素(radioisotope:RI)も未知の事実や現象を解明するうえで有用な手段です。今回は医学分野以外でのRIそのものの利用の一端を紹介します。

1. 年代測定

 炭素14は、β線を放出する半減期5730年のRIです。主に宇宙線由来の中性子と大気中の窒素14(通常の窒素)との反応によって生成し、二酸化炭素として大気圏を循環します。地球上のあらゆる生物は生きている限り炭素14を取込み、代謝して、体内にはほぼ一定の割合(全炭素の1兆分の1程度)で存在します。生物が生命活動を停止すると総ての炭素の取込みが止まり、生体内の炭素14は崩壊によって5730年で半分に減少します。例えば、木材を原料とする紙や布、或いは木材製品そのものの炭素の単位重量当たりの放射能が、生命活動を続けている樹木の炭素の放射能の半分であれば、その原料となった木材は5730年前に生命活動を停止したことになります。つまり、5730年前のものと言えます。但し、炭素14の生成量は太陽活動や地球磁場の変動に伴って変わることが知られています。そこで、樹木の年輪ごとの炭素14の量やサンゴのウラン―トリウム堆積物を利用して、炭素14の生成量を校正しているそうです。炭素14の放射能は、液体シンチレーションカウンタという感度の良い装置で測定されますが、定量分析に必要な炭素の量は数gです。比較的多量です。最近、放射能測定よりも1000倍も高感度の直線加速器質量分析計が開発されました。これにより、少量の貴重な試料でも炭素14の定量ができるようになりました。例えば、中国の戦国時代(BC800年ごろ)の竹簡と言われていた代物が現代の竹から作られたことや、トリノの聖ヨハネ大聖堂に保管されている聖骸布が13世紀ごろの亜麻布であることが判明しています。

2. トレーサー

2-1. 標識化合物の利用
 化合物を構成する原子のうち、特定の原子をRIに置き換えた標識化合物を合成し、その挙動を放射線の検出によって追跡します。水素3(トリチウムとも言います)、炭素14、リン32、イオウ35、ヨウ素131などがよく使われます。化学では反応機構や反応速度の解析など、生物学では代謝経路の研究などが主なターゲットです。例えば、炭素14標識二酸化炭素を用いて、植物の光合成における炭酸固定経路が解明されました。また、酸素15標識水やリン32標識リン酸を用いて、根から茎を経て葉へと運ばれる水分やリン酸の吸収過程などが解明されました。遺伝子工学では、リン32標識デオキシリボヌクレオチドやイオウ35標識タンパク質を用いて、遺伝子発現や遺伝子とタンパク質との相互作用などが解析されています。ゴム工業では炭素14やイオウ35標識化合物を用いて、ゴムの加硫の反応機構や加硫条件などが解明されました。
 このようなRIの利用法では、一般に自然界の存在比よりも多くの量を使用し、しかも外界と接触します。そこで法律により、RIの外部への漏出を防ぐ設備を整えた施設で、専用の作業衣とゴム手袋を着用するなどの使用方法や、RIの購入量、使用量、廃棄量の記録、施設内の汚染検査などの管理方法が定められています。
2-2. 環境中のRIの利用
 天然に存在するRI(ベリリウム7、炭素14、鉛210、ラドン222など)、大気圏核実験や原子力発電により発生するRI(クリプトン85、ストロンチウム90、セシウム137など)の分布、時間変化などを測定して地球規模での物質の移動を解析します。例えば、海洋には炭酸カルシウムの殻を持った有孔虫という単細胞の原生生物が広く分布しています。有孔虫には水中を漂う浮遊性と海底に生息する底生があり、寿命は1~3か月で、浮遊性有孔虫も海底に沈みます。海底の堆積物中の浮遊性と底生有孔虫の殻の年代を炭素14の放射能で測定した結果、両者の年代差が少ないと表層海水の沈み込みが活発で、年代差が大きいと沈み込みが少なかったことになります。これは海洋の深層循環とそれに関連する気候の変動を解析する有用なデータです。
 その他に、ラドン222はアジア大陸からの汚染物質の移流拡散、クリプトン85は対流圏の大規模循環、鉛210は土壌の堆積物の年代測定や、湖沼の物質循環機構の調査に使われています。

 RIは放射線の高感度の検出が特長とされていますが、近年の分析技術の進歩により安定同位元素(stable isotope:SI)の検出感度が向上しました。SIはRIのような使用上の制約がないのでトレーサー利用も広がっています。これについては次の機会に紹介します。一方、RIは決まった確率で放射線を放出して別の元素に変わります。放射線の測定は簡便です。この特性はSIに置き換えることはできません。今後もRIの利用は継続し、科学技術の発展につながる重要な発見が期待されます。