1. 好熱細菌の最高峰
代表的な高温環境は温泉や海底の熱水鉱床です。イエローストーン国立公園の温泉から分離されたThermus thermophilusは好気性のグラム陰性桿菌で、生育温度は50~85℃、至適温度は75℃です。Aquifex aeolicusも好気性のグラム陰性桿菌で生育温度の上限は95℃です。これは真正細菌の最高記録です。古細菌になると更に高温で生育します。沖縄海溝(琉球海溝)熱水鉱床から分離されたPyrococcus horikoshiiは絶対嫌気性の球菌で生育温度は88~104℃、至適生育温度は98℃です。インド洋中央海嶺の熱水鉱床から分離されたMethanopyrus kandleriは絶対嫌気性の桿菌で至適生育温度は85~116℃、122℃でも生育します。これは2021年現在、公認されている最高記録です。
2. 好熱細菌の熱安定性
好熱細菌の耐熱性は何に由来するのでしょうか。生物に共通の要素は、外界から隔離する細胞膜或いは細胞壁、生体内の反応を触媒する酵素や生体を構成するタンパク質、そして遺伝子です。好熱細菌はこれらのどれもが高温で安定な構造と考えられています。それらの中でほぼ明らかになった要因をご紹介します。
2-1. 細胞膜
真正細菌の細胞膜の主成分はリン脂質です。リン脂質は、脂肪酸2分子とリン酸1分子がグリセロールとエステル結合を形成しています。リン酸は親水性のグループ(親水基)であり、脂肪酸は疎水性のグループ(疎水基)です。疎水基である脂肪酸は炭素16~20個が直線状に結合しており、炭素数が多いほど、炭素同士の二重結合が少ないほど高温で安定です。一方、古細菌の細胞膜の疎水基は脂肪酸ではありません。炭素16個が直線状に結合し、3個おきにメチル基が結合したイソプレノイドと呼ばれる炭化水素です。二重結合はほとんどありません。このイソプレノイド2分子が脂肪酸の代わりにグリセロールにエーテル結合を形成しています。エーテル結合はエステル結合よりも熱に安定です。
2-2. タンパク質
アミノ酸にはアミノ基、カルボニル基と側鎖と呼ばれる基が存在します。このうち、アミノ基が他のアミノ酸のカルボニル基とペプチド結合を形成した高分子化合物がタンパク質です。側鎖には水素、炭素1~4個の炭化水素、或いは水酸基、カルボニル基、アミノ基などイオン性の基など20種類があります。この側鎖の立体的、イオン的な形状によって酵素のような機能を持ったタンパク質の立体構造が作られます。この構造は側鎖間の水素結合などのイオン性の結合によって補強されますが、温度がある限界を超えると壊れます。例えば、卵白は60~80℃、卵黄は65~75℃で固まります。これを熱変性と言います。好熱細菌のタンパク質にはイオン性の結合が多く、熱変性温度を高くなります。しかし、熱安定性の要因はそれだけではなく、もう少し複雑と言われています。
2-3. 遺伝子
真正細菌も古細菌も真核生物も遺伝子は2本鎖DNAです。2本のDNAは塩基間の水素結合でつながっており、そのペアは決まっています。アデニン(A)とチミン(T)は2つの水素結合、グアニン(G)とシトシン(C)は3つの水素結合を形成します。従ってGとCの割合が大きくなるとDNA間の水素結合の数が増えるので、2本鎖の熱安定性は高くなります。真正細菌にはその傾向が見られますが、古細菌ではそうではありません。古細菌のDNAは、真正細菌にはないヒストンのようなタンパク質に巻き付いています。それが熱安定性に寄与していると考えられています。
3. 好熱細菌の利用
好熱細菌の探索は科学的な興味にとどまらず、酵素や遺伝子資源として工業的な利用が期待されています。新型コロナウイルスの検査ですっかりおなじみになったPCR検査は、DNAポリメラーゼという酵素を使った遺伝子合成反応が必須です。この反応は、室温から90℃の間で加熱冷却の繰り返しですので、DNAポリメラーゼはこの温度範囲で活性を維持する必要があります。実際に超好熱細菌の酵素が使われています。また、工業的なデンプンの加工工程で、好熱細菌のアミラーゼというデンプン分解酵素が用いられています。更に、超好熱細菌を堆肥の調整に用いると、雑草の種や病原菌などを死滅させ、安全性の高い製品ができるメリットがあるそうです。このように、現在のところ、好熱細菌の酵素そのものか、遺伝子、或いは菌体の利用にとどまっていますが、高温耐性の酵素の立体構造の研究も進んでいます。やがてその成果がタンパク質工学的な手法で通常の酵素の耐熱性の向上にも応用されることが期待できます。
〔過去の連載コラム記事の訂正〕
2021年7月1日に投稿した「生物の分類」の「3ドメイン説」に記述した3つのドメインのうち、「原核生物」は「真正細菌」の誤りですので訂正いたします。