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【 連載コラム 】

極限環境微生物4:好塩細菌

生物にとって塩分は必須です。

2022-10-03 18:03

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 生物にとって塩分は必須です。しかし塩分濃度が高すぎても生きていけません。海水魚を除いて、動物は生理食塩水(physiological salt solution, saline)(0.9%)程度が最適で、1.5%になると生存が厳しくなるそうです。多くの植物は0.3%程度では順調に生育しますが、例外を除いて0.6%になると生育が阻害されるそうです。一方、微生物の中には飽和食塩水(26%)でも生育できる種が存在します。今回は私たちの生活に有用な極限環境微生物として、好塩細菌を中心に紹介します。

1.好塩生物

1-1. 細菌
 最初に塩分濃度の単位、”%”と”モル濃度(M)”についておさらいします。塩分は塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウムなど様々な成分を含みますが、全体の約80%を占める塩化ナトリウムの濃度として計算します。このコラムに記載した”%”は”重量%”です。海水の比重は1.02ですので、これよりも塩分濃度が低い食塩水は比重を無視して計算すると、生理食塩水は0.9%で0.2M、海水は平均3.4%で0.6Mです。一方飽和食塩水は比重(1.2)を考慮して26%で5.3Mです。至適生育塩分濃度が0.2~0.5Mである細菌を低度好塩細菌(slight halophile)、0.5~2.5Mの細菌は中度好塩細菌(moderate halophile)、2.5M以上の細菌は高度好塩細菌(extreme halophile)と呼ばれます。
 好塩細菌は海洋、塩蔵食品(salted food)、塩田(salina)、塩湖(salt lake)などから分離されています。塩田は海水から水分を蒸発させて塩を作成する土地ですので、塩田の中に生育する生物は飽和食塩水の中で生育していることになります。固体である市販の天日塩(solar salt, bay salt)や岩塩(rock salt, halite)からも好塩細菌が分離されています。天日塩や岩塩には0.1~1%程度の水分が存在すると言われています。この水分は固体の中に封入されていますので、飽和食塩水です。海水の天日塩から分離された好塩性・好アルカリ性乳酸菌Alkalibacterium putridalgicolaは高度好塩細菌に属します。市販の食塩の中には「煎熬(せんごう)塩」と呼ばれる種類があります。この商品も海水から作られますが、天日塩と異なり加熱濃縮の過程が存在するので、好塩細菌は死滅します。海洋に分布する細菌や海洋生物の腸内細菌などは低度好塩細菌に属します。古細菌のHalobacterium属、Haloarcula属、Natrialba属などは高度好塩細菌に属します。
 塩蔵は環境に存在する微生物を排除して食糧を長期保存する手段として、古くから行われてきました。しかし、高い塩分濃度の中でも生育する好塩細菌は、塩蔵食品の腐敗を起こすことがあります。塩湖や塩田などの他の微生物が生存できない環境で、赤色に染まった好塩細菌の群落が見つかることもあります。
1-2. その他
 節足動物のアルテミア(別名はbrine shrimp)は塩分濃度18%の塩湖で生息しています。シーモンキーとも呼ばれ、養殖魚の稚魚や観賞魚の餌として使われています。アルテミアの至適生育塩分濃度は海水と同程度と言われていますが、耐塩機構は不明です。塩田には緑藻類の生育が確認されています。植物の多くは塩環境に感受性があります。一方、浜辺などの高塩環境に耐性のある植物を塩生植物(halophyte)と言います。北海道厚岸町で発見されたアッケシソウ(Salicornia herbacea、Salicornia europaea)は塩分濃度5%(0.85M)でもよく生育するそうです。

2.耐塩機構

 高塩分濃度水の浸透圧(osmotic pressure)は高いので、生物が高塩分濃度水などと接触していると、細胞から水分がしみ出ます。好塩細菌は外界の塩分濃度に匹敵する高浸透圧を作り出すことによって細胞を維持します。高浸透圧はカリウム、ナトリウムなどのミネラル、トレハロースのような二糖類、ベタインやエクトインなどのアミノ酸を細胞内に蓄積することによって作られます。一方、塩生植物では細胞内の浸透圧を高く保つだけではなく、塩分を植物体外に排出する機構を備えているようです。上述のアッケシソウの表面をなめると塩辛いそうです。また、海水魚の体液の塩分濃度は1.5%ですが、積極的に海水を取り込んでエラから塩分を排出することによって海水中でも生息できるそうです。

3.好塩細菌の利用

 好塩細菌そのものの利用分野は、古くから知られている味噌や醤油の醸造です。醤油の塩分濃度は18%です。みその塩分濃度は10~12%と言われています。醤油やみその醸造には多くの種類の菌が関与します。真菌では糸状菌と酵母、細菌では乳酸菌が関与しています。糸状菌のAspergillus oryzaeは、発がん性物質を産生する野生株Aspergillus flavusから日本で育てられた麹菌で、室町時代には存在していたと考えられており「国菌」と呼ばれているそうです。乳酸菌のPediococcus halophilusの至適生育塩分濃度は22%です。酵母のZygosaccharomyces rouxiiやCandida versatilusなどは塩分濃度16%でも生育します。これらの菌が産生する酵素や代謝物が相互に関与することによって味噌や醤油の風味を形成しているそうです。
 好塩細菌が産生する物質の中で、高浸透圧をもたらすエクトインは保湿性化粧品の成分として利用されています。これらの合成に関与する遺伝子を利用したエクトイン高生産菌の創製、塩分の排出機能を担う遺伝子を利用した植物への耐塩性の付与、などについて特許が申請されています。
 好塩細菌が産生する酵素は、高い塩分濃度環境で活性を発揮し、溶解度が高く、塩分濃度が下がると活性を失うという特徴が知られています。この性質をもたらす構造の解析や産業利用の研究は広く進められていますが、実用化には至っていないようです。遺伝子についても同様に研究の域を出ていないようです。