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【 連載コラム 】

極限環境微生物5:好酸性細菌・好アルカリ性細菌

酸性とアルカリ性(塩基性とも言います)はpHの数値で表示されます。

2022-12-02 15:06

 酸性とアルカリ性(塩基性とも言います)はpHの数値で表示されます。pHは水素イオン濃度に関係する指数のことで、水素イオンのモル濃度の逆数の常用対数です。pH 7が中性、それより低いと酸性、高いとアルカリ性です。ヒトの胃酸はpH 1~2の強酸性、血液のpHは7.40±0.05に厳密に調節されています。飲食物は酸性のレモンからアルカリ性のコンニャクまで様々です。通常の淡水のpHは7前後、農業用水は6.0~7.5、水産用水は河川が6.7~7.5、海水が7.8~8.4と言われています。一方、土壌のpHは元になる岩石の種類や降水量によって異なり、pH 4以下の強酸性からpH 8以上の強アルカリ性まで幅があります。今回は、強酸性や強アルカリ性環境に好んで生息する微生物を中心に紹介します。尚、好酸性と好アルカリ性の定義はやや曖昧です。好酸性微生物は、pH 3以下で生育できる、或いは至適生育pHが3~5であり中性域では生育できない、或いはpH 3~6で生育できる微生物、好アルカリ性微生物はpH 9以上が9未満よりも生育に適している微生物と言われています。

1. 好酸性生物

1-1. 細菌

 強酸性、即ち低pH環境は火山性の熱水噴出孔や温泉の硫黄ガスの噴出孔です。北海道の噴気孔で発見された古細菌Picrophilus oshimaeの至適生育pHは0.7、マイナス0.06まで生育できますが4より高くなると生育できません。至適生育温度は60℃です。温泉の排水などから分離された古細菌Acidianus brierleyの至適生育pHは1~2、至適生育温度は70℃です。これらは好酸性好熱性細菌(thermoacidophilic bacteria)と呼ばれます。一方、変敗した缶詰から分離されたグラム陽性桿菌Alicyclobacillus acidoterrestisの至適生育pHは2.5~5.8、至適生育温度は60℃です。この菌は芽胞(spore)という耐久性の細胞構造を取ることができます。Helicobacter pyloriは主にヒトの胃の中に生息し、ウレアーゼを分泌して菌体の周囲の胃酸を中和しています。

1-2. その他の生物

 青森県恐山の宇曽利湖はpH 3.5の硫酸酸性カルデラ湖です。ここにはコイ科の淡水魚ウグイが生息しています。通常の水域に生息するウグイと異なり、エラの塩類細胞(chloride cell)でH+を排出し、Na+を取り込むことによって血中のpHを調製しているそうです。ブラジルのリオネグロ川はpH 4~5であり、ここにも多くの魚が生息しています。恐山のウグイと同じpH調整機能が働いていると考えられています。
 植物には酸性土壌(acid soil)を好む種が多いようです。ピーナッツはpH 5.0~6.5、パセリは5.0~7.0、コショウは5.5~7.0、ハイブッシュブルーベリーは4.3~4.8、ツツジ科の茶樹は4.0~5.5と言われています。更に強酸性の土壌を好む植物は、pH 2~4のタイの酸性土壌に生息するカヤツリグサ科Eleocharis dulcisです。
 世界各地の硫酸酸性温泉(草津温泉、イエローストーンなど)には単細胞紅藻(red algae)イデユコゴメ類が生息しています。生育pHは1~6です。単細胞紅藻シアニジウムはpH 1~3で生育し、pH 6では増殖せず、pH 7で死滅します。長野県硫黄鉱山跡に生息する単細胞緑藻(green algae)Chlamydomonas eustigmaはpH 1~7で生育します。

2. 好アルカリ性生物

2-1. 細菌

 南アフリカ、トランスヴァールにある金鉱の地下3200mから嫌気性の好アルカリ性グラム陽性細菌Alkaliphilus transvaalensisが分離されました。この菌の至適生育pHは10.0、生育範囲は8.5~12.5です。琉球大学の保存菌株の中からpH 11.5~12.5で生育するBacillus属の細菌が見つかっています。海洋環境から分離された好塩性の好アルカリ性乳酸菌としては、Halolactibacillus alkaliphilus(至適生育pH 12、生育範囲pH 7.5~13)、Alkalibacterium indicireducens(至適生育pH 9.5~11.5、生育範囲pH 9~12.3)などが報告されています。

2-2. その他の生物

 ケニアのマガディ湖は水温42℃、pH 10近くでティラピアが、チベットの青海湖はpH 9.4でコイの一種(Gymnocypris prezewalskii)が生息しているそうです。石川県のねぶた温泉はpH10.1で珪藻(diatom)が生息しています。

3. 酸耐性、アルカリ耐性機構

 好酸性細菌や好アルカリ性細菌は、それぞれ、生育環境の低いpHや高いpHをある程度緩和する機構があるようです。
 好酸性の古細菌P. oshimaeは、このシリーズの「好熱細菌(2021年11月25日)」で紹介したように、細胞膜がエーテル結合で構成されているのでH+の浸透を妨げ、H+ポンプによって細胞内の過剰なH+を排出し、pH 0.8~4.0の環境下でも細胞内はpH 4.6に維持されているそうです。DNAの修復機構にも特徴があると言われています。好酸性紅藻シアニジウムもH+ポンプによって細胞内を中性に維持しているそうです。
 好アルカリ性細菌では、1) 菌体そのものの障害を避けるために、菌体周辺のアルカリ環境を中和する酸の産生、2) 通常の細菌のH+勾配を利用した物質の輸送系に代わるNa+勾配の輸送系、3) アルカリ環境に適したATP合成酵素、などが機能しているそうです。植物のアルカリ耐性機構としては、イオン輸送能力の向上、根系や根表面積の拡大、根圏(rhizosphere)の不溶態の可溶化、溶解性の向上などが考えられています。

4. 利用

4-1. 好酸性細菌

 好酸性好熱性細菌はすでに鉱物から金属の溶出過程(バイオリーチングbioleaching)で使われています。好酸性細菌の酵素は酸性溶液内での化合物合成のための触媒、動物の胃の中で作用する飼料への添加物、食料中での酵素の使用、工場の排気ガス対策などに利用されています。

4-2. 好アルカリ性細菌

 好アルカリ性細菌は炭酸カルシウムを沈着しやすいことから、コンクリート構造物のひび割れ修復に菌そのものの利用が検討されています。好アルカリ性細菌のアルカリ耐性分解酵素は、洗剤溶液中などの高アルカリ性環境でも安定で高い活性があり、洗浄力を高めます。セルラーゼやプロテアーゼがすでに利用されています。アルカリ耐性酵素の構造を解析して、更に活性を向上させるための遺伝子組み換えも研究されています。