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【 連載コラム 】

好気性生物と嫌気性生物

今回は好気性生物と嫌気性生物という観点でお話しします。

2023-05-12 16:29

好気性生物と嫌気性生物

 地球の大気は体積比で窒素78%、酸素21%です。酸素は海水にも溶け込みますので、多くの生物は酸素を利用する好気性生物(aerobe、aerobic organism、aerophil)です。しかし、これまでに紹介したように高熱環境や高圧環境には酸素を利用しない嫌気性生物(anaerobe)が生息しています。嫌気性生物には酸素が存在すると無条件に生育できない絶対嫌気性生物(obligate anaerobe:偏性嫌気性とも言います)と、酸素が存在しても生育できる通性嫌気性生物(facultative anaerobe)に分けられます。今回は好気性生物と嫌気性生物という観点でお話しします。

1. エネルギー生産

 生物の要件の一つは代謝(metabolism)によってエネルギーを産生できることです。何を代謝するかというと、主に炭水化物を構成するグルコースです。動物はグルコースを食事から摂取し、植物は光合成(photosynthesis)によって空気中の二酸化炭素と水からグルコースを合成します。前者のような生物を従属栄養生物或いは有機栄養生物(heterotroph)、後者のような生物を独立栄養生物或いは無機栄養生物(autotroph)と言います。グルコースの代謝において最初の過程である解糖(glycolysis)はどの生物にも共通で、酸素は使いません。解糖の最終生成物はピルビン酸です。
 好気性生物は酸素を使ってピルビン酸を代謝します。これは呼吸(respiration)と呼ばれ、最終生成物は二酸化炭素と水です。解糖から呼吸を含めた代謝によって産生したエネルギーは、アデノシン三リン酸(adenosine triphosphate:ATP)として蓄えられます。グルコース1分子から生成するATPは38分子です。真核生物(eukaryote)では、細胞の中に存在する細胞小器官(organelle)のミトコンドリアの中で呼吸が進行します。ミトコンドリアは進化の過程において、真核生物に取り込まれた好気性微生物と考えられています。
 一方、嫌気性生物は酸素を使わずにピルビン酸をエタノールと二酸化炭素まで分解するか、或いは乳酸で止まります。これは発酵(fermentation)と呼ばれます。解糖から発酵を含めた代謝では、グルコース1分子から生成するATPは2分子です。好気性生物と比べるとグルコースの利用効率、言い換えるとグルコースが持っているエネルギーの利用効率が低いことがわかります。嫌気性生物はほぼ単細胞の原核生物(prokaryote)に限られていますが、好気性生物は単細胞の原核生物から動植物のような高等生物まで多様です。これも高いエネルギー効率が少なからず寄与していると思います。尚、一部のカビ(真核生物)は通常の環境では好気的な代謝を行い、酸素濃度が低下すると嫌気的な代謝に変わることが報告されています。

2. 好気性生物の出現

 地球に生命が誕生したと考えられている約38億年前の大気の主成分は二酸化炭素と窒素で、酸素濃度は現在の10万分の1程度と言われています。最初の生物は太陽の光を利用した光合成によって大気中の二酸化炭素からグルコースを産生し、嫌気的に代謝していたと想像できます。グルコースは炭素6個、水素12個、酸素6個から構成されるので、二酸化炭素からグルコースを産生するには水素が必要になります。水素の供給源としては火山ガスに含まれる硫化水素や海洋の水などがあります。紅色非硫黄細菌(purple non-sulfur bacteria)、紅色硫黄細菌(purple sulfur bacteria、purple bacteria)、緑色硫黄細菌(green sulfur bacteria、green bacteria)は硫化水素や有機化合物から水素を調達します。一方、ラン藻(blue green algae)とも呼ばれるシアノバクテリア(cyanobacteria)は水から水素を調達するので酸素が発生します。シアノバクテリアの活動は25億年から6億年前にかけて最も活発だったと言われています。シアノバクテリアが作り出した酸素は、地表の酸化されやすい物質を酸化して大気中に蓄積されたと考えられています。酸素は嫌気性生物にとっては極めて有毒ですが、やがてこれを利用する生物が現れました。しかも上述のように、そのエネルギー効率は嫌気性生物よりも圧倒的に高いので、生存には有利であったと想像できます。真核多細胞生物が出現した5億年前の酸素濃度は現在の約1/100で、その後酸素濃度は現在の0.5~2倍の間で増減を繰り返し、5000万年前ごろに現在の濃度に落ち着いたと言われています。

3. ATPとは

 ATPは遺伝子を構成する四つの塩基化合物の一つであるアデノシンに、リン酸がリンと酸素の結合を介して直列に三つ結合した化合物です。リンと酸素が互いに電子を共有して結合を形成するためには、二つの原子の間のちょうど良い場所に電子を束縛することになりますが、これにはかなりのエネルギーを必要とします。リン酸の結合が切れるということは、電子の束縛が取れるということですので、束縛に使われていたエネルギーが放出されます。このエネルギーは、例えば細胞の内側から外側へ濃度勾配に逆らって物質を移動させたり、エネルギー的には不利な反応を進めるために使われます。この際ATPはアデノシン二リン酸(adenosine diphosphate:ADP)に変わりますが、他の反応とリンクしてATPに戻ります。

4. 最近の話題

 2020年にカナダのグループによって、サケの寄生虫であるHenneguya salminicolaはミトコンドリアの遺伝子を持っていないことが報告されました。H. salminicolaは多細胞真核生物ですので、ミトコンドリアの呼吸を利用しない動物として注目を集め、嫌気性生物の進化にまで言及されました。その後、H. salminicolaの細胞の電子顕微鏡観察によってミトコンドリアに似た形状の細胞小器官が見つかったそうです。また遺伝子解析により、進化の過程でH. salminicolaからミトコンドリアの遺伝子が欠落した時期は比較的遅く、サケに寄生した後と結論付けられました。現時点では、H. salminicolaは嫌気的な代謝によって生存しているわけではなく、サケの細胞が産生するエネルギーを利用していると考えられているようです。