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【 連載コラム 】

極限環境微生物6:放射線耐性細菌

今回は放射線耐性を持つ生物を紹介します。

2023-02-27 17:57

極限環境微生物6:放射線耐性細菌

 今回は放射線耐性を持つ生物を紹介します。放射線量は生物が受けるエネルギー(グレイ:Gy)で表します。自然界の放射線量は日本では約2mGy/年です。世界には日本の10倍近い地域もありますが、高放射線量の極限環境は食品の放射線滅菌(20kGy前後)や原発事故現場などに存在します。放射線耐性生物は高放射線量を好む、或いは必要とするのではなく、高放射線量に耐える能力を備えた生物です。因みに通常の生物ですと、被ばく後30日(或いは60日)以内に50%が死亡する線量(半致死線量half lethal dose:LD50)は、ヒトでは0.003~0.005kGy、マウスでは0.006~0.007kGy、害虫とされているウリミバエでは0.7kGyです。大腸菌の90%致死線量は0.03kGy、枯草菌は1.7kGyと言われています。

1.放射線耐性生物

1.1. 微生物

 米国オレゴン州の牛肉缶詰のγ線滅菌の工程で変敗した牛肉からDeinococcus radiodurans(細胞内膜と細胞外膜を持っていますがグラム陽性の球菌)が分離されました。放射線耐性細菌(radioresistant bacteria)は半致死線量の代わりに37%が生き残る線量(D37)で評価されます。D.radioduransのD37は7kGyです。また、エソ科の魚の切り身にγ線(40kGy)を照射し、D.radiophilusが分離されました。D.radiophilusのD37は13kGyです。鳥取県の三朝温泉の温泉水からはグラム陽性桿菌Rubrobactor radiotoleransが分離されました。R. radiotoleransのD37は16kGyで、赤色色素(カロテノイド色素(bacterioruberin))とトレハロース(trehalose:二糖類)の含有量が高いそうです。
 チェルノブイリ原発跡では黒色真菌Cladosporium sphaerospermum、Cryptococcus neoformansなどが発見されました。米国の大学で宇宙ステーション内での実験によって、C. sphaerospermumが宇宙線を遮蔽する効果を確認したことから、放射線を食べる菌などと言われていますが詳細は不明です。

1.2. その他の生物

 クマムシは緩歩動物門に属する長さ0.5mm程度、4対8本の足を持つ微小生物です。水生動物で様々な極限環境でも生息でき、乾燥環境では脱水状態で休眠に入ります。この状態は無代謝でクリプトビオシス(cryptobiosis)と言います。放射線耐性について厳密なデータはありませんが、ヨコヅナクマムシ(Ramazzottius varieornatus)という種類は湿潤状態でも数kGyではほぼ100%生存するそうです。クマムシの全遺伝子の40%は他の生物種の遺伝子と相同性がない、即ちクマムシ固有の遺伝子だそうです。
 アフリカのナイジェリアやマラウイの半乾燥地帯にある岩盤に生息する昆虫、ネムリユスリカ(Polypedilum vanderplanki)は97%の水分が失われた乾燥状態(クリプトビオシス)で生存します。17年間乾燥状態を維持し、水に入れて蘇生した記録があるそうです。乾燥状態では7kGyの放射線を浴びても水に戻すと一部は蘇生できたそうです。ネムリユスリカはトレハロースを産生し、水の代わりに乾燥状態の生体成分を保護します。

2. 放射線耐性機構

 放射線が生物にダメージを与える主な要因は、細胞内の水分子を分解して発生したラジカルや過酸化水素などの活性酸素種(Reactive oxygen species:ROS)が、DNAの切断を引き起こすためと考えられています。従って、放射線耐性機構としては、細胞内に生成したROSを補足してDNAの切断を防ぐ、或いは切断されたDNAをすばやく修復するなどが考えられます。スーパーオキシドジスムターゼ(Superoxide Dismutase:SOD)やカタラーゼ(catalase)はROSを消去することが知られています。
 D.radioduransはSODやカタラーゼ活性を有しており、更にDNA修復を促進するタンパク質(pleiotropic protein promoting DNA repair:PprA)を産生します。このタンパク質は、DNAの二本鎖の切断さえも修復します。また別のタンパク質(Deinococcal DNA damage response A:DdrA)はDNAの分解を阻害するそうです。R. radiotoleransは、赤色のカロテノイド色素を産生します。この色素は分子内に共役二重結合(conjugated double bond)がたくさん存在するのでROS捕捉能が高く、DNAの分解阻止に寄与します。実際、放射線照射後のDNA切断量は他の細菌と比べて少ないことが知られています。一方、切断されたDNAサイズが元に戻らないことも知られています。即ちDNA修復機構が弱いことを示しています。R. radiotoleransの染色体は高度に凝集しているそうです。これは放射線により切断されたDNAの拡散を抑制し、修復効率を高めることに寄与していると考えられています。また、細胞質に存在する高濃度Mn(マンガン)の2価イオンも放射線耐性に寄与していると考えられています。
 ヨコヅナクマムシが産生するタンパク質(damage suppressor:Dsup)は、DNAに強く結合してDNAを保護する機能があると言われています。ネムリユスリカの場合は乾燥状態ですからROSが産生されないことが放射線耐性の要因と思われます。

3. 利用

 放射線耐性細菌そのものの利用法としては、福島第一原発の事故で環境中に放出された主要な核分裂生成物であるセシウム137の回収が考えられていました。セシウムはカリウムと同族ですので、微生物はミネラルとして利用します。非放射性セシウムを使った実験では、D.radioduransは大腸菌の約9倍のセシウムを取り込んだことが示されました。放射線耐性細菌はセシウム137を高濃度に濃縮しても安定した増殖が見込めますが、今回は実用化には至らなかったようです。
 一方、D.radioduransのPprAタンパク質は遺伝子組み換えの有用な酵素として市販されています。また、クマムシのDsupタンパク質をコードする遺伝子をヒトの細胞の染色体DNAに組み込むことによって、ヒトのDNAの放射線耐性の向上を確認したそうです。遺伝子やタンパク質は放射線耐性機構を明らかにするためにも重要な研究材料です。今後、新しい知見が得られるとともに用途の拡がりも期待できます。