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【 連載コラム 】

膨大な研究の積み重ねから生まれた果実(2)

今回は、放射線の高いエネルギーを利用した放射線療法を紹介します。

2020-07-22 11:47

 今回は、放射線の高いエネルギーを利用した放射線療法を紹介します。
 放射線は、細胞内のDNAに損傷を与え、細胞内に活性な化学種を生成することによって細胞にダメージを与えます。ターゲットをがん細胞に絞れば有用性が期待できます。実際、放射線療法は、外科療法、化学療法とともにがんの治療法の一つです。その特長は、年齢や合併症により手術が難しい症例にも適用できる、外科療法のような痛みがない、通院治療も可能である、臓器の機能や形を温存できる、などにより治療後の生活の質(quality of life:QOLと言います)を高い水準に維持することが可能なことなどです。また、病巣周辺の正常な組織への放射線被ばくの問題は、様々な技術的工夫や装置の進歩によって克服されつつあります。放射線療法は、遠隔転移のないがんの根治治療、がんの根治が難しい場合に症状を和らげる緩和治療の他、がんの外科療法の効果を上げるための術前治療、外科療法で取り残した部位の術後治療などの目的で利用されます。

 放射線療法は、体の外部から放射線を照射する外部照射と、体の内部から照射する内部照射に大別されます。

  1. 外部照射
     現在、最も広く使われている照射方法です。利用する放射線は、リニアックと呼ばれる直線加速器(linac:linear accelerator)で加速した電子線、その電子線を金属ターゲットに当てて発生させたX線、シンクロトロンなどの円形軌道の加速器で加速された電子線や粒子線及び重粒子線、そしてコバルト60から放出するγ線などです。粒子とは陽子を指し、重粒子とはヘリウムや炭素の原子核のように陽子よりもかなり大きな原子核を指します。中でも、炭素原子核がよく使われているようです。
     X線やγ線は、体内ではその進路上でほぼ同じ程度にエネルギーを失います。即ち、病巣の前後の正常組織も病巣と同じ程度に被ばくします。しかし、近年、目的とする病巣に三次元の方向から多くの放射線を当てる装置が実用化されました。一本一本の放射線はコリメータと呼ばれるスリットで細く絞ることができるので、放射線が集中する病巣以外の組織が受ける放射線量を低減できます。この放射線にコバルト60のγ線を使う装置をガンマナイフと呼び、小型リニアックのX線を用いる装置をサイバーナイフと呼びます。ガンマナイフが対象とする疾患は、脳腫瘍、脳動静脈奇形などの頭蓋内の病巣です。サイバーナイフは、脳・頭頚部から体幹部まで広い部位の腫瘍が対象です。
     一方、炭素原子核のような重粒子は、体内では少しづつエネルギーを失い、ある深さに到達すると、それまでの数倍ものエネルギーを失って、重粒子の運動エネルギーは急激にほぼ0まで下がります。X線やγ線にはない特徴です。これを発見したイギリスの物理学者ウィリアム・ヘンリー・ブラッグの名を取って、体の深さ方向に対して失うエネルギーの量を描いた曲線をブラッグ曲線、失うエネルギーのピークをブラッグピークと呼びます。照射装置と患者の間にエネルギー吸収板を置いて重粒子の運動エネルギーを調整すると、ブラッグピークを病巣の深さに合わせることができ、その前後の正常組織に与える被ばく量を低減できます。食道がん、非小細胞肺がん、膵臓がん、腎細胞がん、子宮頸がん、肝細胞がんなどが対象になります。
  2. 内部照射
     放射性同位元素から放出されるγ線やβ線を利用します。放射性同位元素が外部に流出しないようにプラスチックに埋め込んだ放射線源を密封線源と呼び、放射性同位元素そのものや標識化合物を非密封線源と呼びます。小さな密封線源は病巣組織内、或いは病巣表面に接近して設置でき、非密封線源は特定の臓器に集積する元素や標識化合物を利用します。内部照射はこうして正常組織の被ばくを抑制できます。
    2-1. 密封線源
     小さなカプセルに入れたイリジウム192(半減期は74日、γ線とβ線を放出)やヨウ素131(半減期8日、β線を放出)などが使われます。舌がん、前立腺がんや乳がんなどは病巣内部に留置し、口腔がん、食道がんや子宮頸がんなどは病巣に近い内腔に留置します。子宮頸がんの放射線治療の歴史は古く、1913年には良好な成績が報告されているそうです。
    2-2. 非密封線源
     甲状腺に集積するヨウ素131、骨に集積するストロンチウム89(半減期51日、β線を放出)やラジウム223(半減期11日、α線を放出)、がん細胞を標的とするモノクローナル抗体をイットリウム90(半減期2.7日、β線を放出)やインジウム111(半減期2.8日、γ線を放出)で標識した放射性医薬品などがあります。

 レントゲンがX線を発見し、キュリー夫人がラジウムを発見した当時から、放射線治療は世界中の期待を集めていましたが、正常組織への被ばくをコントロールすることは至難の業でした。しかし現在では、放射線の線量やビームの太さ、照射方向を厳密にコントロールした外部照射や、内部照射により正常組織への被ばく量は低減され、放射線療法はがん治療法の一つとして重要な役割を担っています。