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【 連載コラム 】

為せば成る

古代ギリシア(紀元前6世紀ごろ)では、生物の最小単位である細胞に関する概念はなく、生物も含めて物質を細かくしていくと、最後に行き当たるのは原子である、即ち、原子はそれ以上は分割できない最小単位であると考えられていました。

2019-05-27 10:37

知るは楽しみなり

 古代ギリシア(紀元前6世紀ごろ)では、生物の最小単位である細胞に関する概念はなく、生物も含めて物質を細かくしていくと、最後に行き当たるのは原子である、即ち、原子はそれ以上は分割できない最小単位であると考えられていました。

この頃の原子のイメージは現在とは異なっていて、丸い物質の原子は丸く、尖った物質の原子は尖った形状をしていると考えられていたようです。そうすると、原子は物質によって異なり、無数にあることになります。

同じころ、万物は土、空気或いは風、火、水の組み合わせとこれらの属性の変化によって構成されるという、四元素論が生まれました。この考えから、鉄のような卑金属を金のような貴金属に変える錬金術の発想が生まれました。錬金術は14~15世紀に全盛期に達し、17世紀ごろまで続いたようです。

中世の錬金術師を描いた絵画には、金属を溶解させたり、液体を沸騰させる様子を見ることができます。様々な素材を混合しているうちに、何かの合金ぐらいはできたと考えられます。

錬金術を生業とした人々の中には純粋に科学的な視点から様々な実験を繰り返した科学者もいて、王水(濃塩酸と濃硝酸の混合物で金を溶解できる)、蒸留器など、現代の化学に有用な多くの発明や発見に貢献しました。しかし、金を作り出すことはできませんでした。17世紀半ばには、四元素論のような元素の観念は否定され、元素はそれ以上分解できないものと定義されました。その後、19世紀の初めまでに、30種類程度の元素が発見され、化合物を構成する元素の割合は整数比であることなどがわかってきました。そして水素元素を「1」として、他の元素の重さが測定され、原子量(現在の質量数に相当します)と定義されました。

やがて、元素を原子量の順に並べると、8個目ごとに化学的性質が似ていることがわかってきました。あとで述べるように、現在では原子量ではなく、原子番号と化学的性質の間に関係があることがわかっています。

1869年にロシアの化学者メンデレーエフは、この時までに知られていた65個の元素を原子量の順に並べた周期表を発表し、化学的性質が似ている元素がある周期で並んでいることを示しました。現在の周期表とは少々異なりますが、化学にとっては画期的な功績でした。(今年は周期表が発表されて150年目に当たり、記念事業が計画されているそうです。)

原子は物質を構成する最小単位であるという考えは19世紀の初めに復活します。19世紀の終わり近くになって電子の発見、X線の発見、放射能の発見など原子の構造を示唆する発見が相次ぎ、20世紀の初頭には原子の構造が少しづつ明らかになってきました。こうなると原子と元素の区別がわからなくなってきますが、現在では以下のように定義します。

前回述べたように、原子は原子核とその周りに出没する電子で構成されます。電子の数は原子核にある陽子の数と同じです。この陽子あるいは電子の数によって原子の化学的な性質は決まります。例えば、水素原子の原子核は陽子1個、電子も1個で構成され、他の原子と一つの結合を作ります。ところが、水素原子の原子核に中性子が1個加わった原子も存在します。これを重水素と呼びます。さらに、中性子が2個加わった原子も存在し、これを三重水素と呼びます。これらの原子の重さ(質量数)は異なりますが、陽子と電子の数は同じなので、他の原子と作る結合は一つです。これが「化学的性質が同じ」と言われる所以であり、元素としては同じと考えます。水素はhydrogenと呼ばれ、水素の元素記号は「H」で表します。
上述の3種類の原子は同位元素と呼ばれ、水素は _{1}^{1} \mathrm {H}、重水素は _{1}^{2} \mathrm {H}、三重水素は _{1}^{3} \mathrm {H} で表します。「H」の左上の数字は原子核の陽子と中性子の和で質量数、左下の数字は陽子の数で原子番号と呼びます。原子は原子番号と質量数で区別できる物質であるのに対して、元素は原子番号によって区別される物質です。別の言い方をすると、元素は化学的分析によって区別できる物質の最小単位です。

現在見つかっている元素の数は118個です。17世紀に元素の定義が更新された時は、元素の性質は変えることができないとされていました。しかし、1900年前後に、重い元素の原子核が崩壊することが知られるようになり状況が変わってきました。1919年にイギリスの物理学者であり化学者でもあるラザフォードが、放射性同位元素から放出されたアルファ線(ヘリウムの原子核)の実験を行っているときに、偶然の結果から窒素( _{7}^{14} \mathrm {N} )にアルファ線が当たり、酸素( _{8}^{17} \mathrm {O} )と陽子が生成したことを発見しました。これは最初の元素の変換です。更に1937年にイタリアのセグレとペリエが、モリブデン( _{42} \mathrm {Mo} )にサイクロトロンで加速した重陽子を当てて、当時、周期表から存在が予測されていたがまだ発見されていなかったテクネチウム( _{43} \mathrm {Tc} )を作りました。これらは元素を変換しているので、即ち錬金術です。また、2016年に日本で発見されたニホニウム( _{113} \mathrm {Nh} )は、亜鉛( _{30} \mathrm {Zn} )とビスマス( _{83} \mathrm {Bi} )の原子核同士を高速で衝突させることによって作られました。なんと錬金術は可能だったのです。鉄から金を作ってもコストが見合わないでしょうが、錬金術師の夢は加速器で実現できたわけです。